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認知症ケアプランの作り方・事例(後編)
認知症ケアプランの作り方・事例(後編)

認知症ケアプランの作り方・事例(後編)

認知症ケアプランは、「その人らしい暮らし方」を支えるアセスメントであり、「その人らしさ」に着目した連携シートです。本人の日常的生活動作(例えば、食事、排せつ、入浴、移動など)と暮らしの動作(例えば、料理、洗濯、掃除など)、そして1日の暮らしを把握し、「できないこと」だけでなく、「できていること」と「やりたいこと」に着目します。
それぞれの病気の原因や信仰の段階によって治療とケアが異なります。ケアプランを作る際、なじみのやり方・場所・人間関係など、これまでの人生で身につけたその人らしい暮らし方を取り戻します。
ケアプランはケアマネージャー(介護支援専門員)が作成し、認知症ケアでは家族はもとより現場の訪問看護や通所介護、施設なら介護職員などが利用者のことを全人格的に把握し、その人らしい暮らし方を尊重し、共通の課題に向かってケアを提供することで、質の高いケアになります。
ケアプランの構成は、第1表(本人及び家族の意向、総合的な支援方針)、第2表(解決すべき課題、長期・短期目標、サービス内容、サービス種別、期間)、第3表(週間サービス計画)、第4表(日課表(施設のみ))です。

ケアプラン事例7

深夜に起き出して妄想を口にする母

母は3人姉妹の長女です。小学校卒業後に実家の仕事(農業)に就き、私たち3人の子供を育ててくれました。71歳の頃、手が震え足の一歩目が踏み出せないなどのパーキンソンの症状が現れ始めました。
父は69歳のときに脳梗塞で倒れ介護は母に任せっきりでした。父が亡くなり、私と二人暮らしが始まりました。やることなく、ぼんやりしていることが多くなり、書いているメモも読めない文字になりました。

私の入浴介護を嫌がる母

80歳の冬、庭の踏み石で転倒して捻挫をしたことで、横になっていることが多くなりました。診察結果はアルツハイマー型認知症と診断され、1年後には私の顔さえ区別ができなくなりました。
手の震えがひどいため、私が歩行や移乗時には介助しますが、他人と思ってひどく抵抗します。自宅でふろに入るのも嫌がり、数日同じ服のまま過ごすことが増えています。何度も同じことを言うのできつい口調になってしまいます。いずれ施設に入れたいと思っていますが、他県に嫁いだ嫁2人は反対しています。

ケアマネージャーからのアドバイス

アルツハイマーは進行が早いのが特徴なので、本を読んで予備知識を増やしておきましょう。入浴や移動の介助を抵抗するのは、息子でなく、中年の見知らぬ男性としか思えないので、優しい声かけをしましょう。
 同じ服で過ごすのは着替えの動作が分からない、パーキンソン症状で手の複雑な動作ができないなどの理由が考えられます。介護疲れの予防のため月1回程度短期入所を利用するのも一つの方法です。

ケアプラン事例8

老人保健施設からグループホームへ

10年前に父が73歳で亡くなり、母はその後ひとり暮らしをしていました。3年前から、お店で同じ支払いを何度もし、1週間分の食料を2・3日で食べることが始まり、「女の子がいる」と幻覚が出るようになりました。一度、私の家に引き取ったのですが、なじめずに1か月後病院に入院しました。
その後、レビー小体型認知症と診断され、落ち着いたので自宅に戻ったところ、居間で転倒し、右大腿部骨折、大腿骨置換手術の後、入退院を3回繰り返し、老人福祉施設に6か月入所しました。その後、グループホームに入居しました。

趣味の編み物で落ち着きを取り戻す

入居時は特に混乱はありませんでしたが、睡眠にばらつきがあるようです。トイレは動作可能ですが、夜間に便器の水で洗顔しようとするようです。見守りがあれば、料理、歯磨き、化粧、着替えはできます。趣味は編み物です。
ただ幻覚が強いと若い介護職員が困り、帰宅願望があります。私の顔もわからないようですが、父の墓参りぐらいは行かせてやりたいです。

ケアマネージャーからのアドバイス

グループホームでできることを一緒に探すケアができているのがよいです。編み物は手先を使うので認知症の症状を遅らせる効果があり、完成をした編み物をお孫さんに贈ることで喜ばれる効果も期待できます。
レビー小体型認知症は人格が変わるような行動もとりがちで、幻覚はとてもリアルです。どの時間帯に症状が出やすいか、便秘や脱水のときはどうかなどを把握して、どうすれば落ち着くか聞いておくと、自宅に外泊した際にもとても参考になります。

ケアプラン事例9

多趣味の母が脳血管性の認知症に

母は20歳のときに医師だった父と見合い結婚をしました。私たち3人の息子を生みますが、もともと教養があるので、自宅で子供向けの書道教室を開く以外に、日本画・俳句・漢詩・貼り絵など多趣味でした。地域の美化ボランティアも10年間勤めました。
父は73歳のときに他界し、しばらくはさみしくしていましたが、1年後吹っ切れたように海外旅行を楽しむようになりました。
しかし、3年前から無気力になり、趣味がおっくうになりました。精神科に通院して薬物療法で改善しましたが、ろれつが回らなくなり、会話も要領を得ず、ぼんやりしていることが多くなりました。精神科に再受診、脳血管性の認知症と診断されました。

インターネットで見つけた介護付き有料老人ホーム

広い家でのひとり暮らしに不安になると電話をかけてきます。手元に10万円の現金がないと落ち着かず、見栄っ張りなので訪問販売で気前良く買ってしまい、いいカモにされていました。お金が無くなると、私を泥棒扱いします。
同居も無理なのでインターネットで施設を探し、有料老人ホームへの体験入居を経て入居を決めました。多趣味の母に合ったサービスがたくさんあるようで、楽しそうに「第九」を歌っています。

ケアマネージャーからのアドバイス

認知症でも、趣味や人間関係で脳に刺激を与えることは効果的です。新しい趣味より昔なじんだ記憶を呼び覚ます趣味ができているのがよいです。認知症が進むとできないことも増え、ふらつきや転倒の危険が増します。施設の職員にも家族として気がかりなことはしっかりと伝えておくとよいです。帰宅願望や徘徊などの症状がひどくなった場合にどのようなケアをしてもらえるか、どのレベルまで入居が可能か、事前に確認をしておくことが重要です。

ケアプラン事例10

認知症に加えて身体機能の低下もあり、特養施設に入所

父は山陰地方出身で理容師になるために上京しました。そこで母と出会い、結婚しました。35歳で独立し、理容院を営んできました。60歳のとき、母を亡くしてからひとり暮らしとなり、父は立ち仕事で腰を痛め、腰部脊柱管狭窄症となりました。
5年前、脳梗塞で倒れて要介護3となりました。介護保険でやってきましたが、3年前から認知症の症状がひどく、ボヤ騒ぎがあり、通い介護では近隣に迷惑をかけっぱなしでようやく特養施設に入れてもらいました。

面会のとき、どのように接していいかわからない

ショートステイで慣れていたせいか、混乱はありませんでした。施設は認知症ケアに熱心で、オムツではなく自分でトイレができるようにがんばってくれ、なんとか自分でやっています。人間関係が苦手でぼんやりしていることが多く、手持ち無沙汰にしています。
月2回程度は姉たちと交代で面会に行こうと思いますが、どのように接したらよいかわからないです。

ケアマネージャーからのアドバイス

この施設では自力排泄を目指しているので、かなりていねいなケアがなされているようです。理容院時代のアルバムなどを持っていって一緒に見ながら話をするのもいいと思います。
どのように接するかと思うと緊張がお父さんに伝わります。一緒に食事する、散歩する、花を眺めるなどで、日常会話から寄り添う心がけをしましょう。

ケアプラン事例11

病院での診断は「アルツハイマー型認知症」

父は55歳のときに交通事故で母を亡くし、それ以来ひとり暮らしでした。定年後に市内の合唱団に参加し、カラオケ店にもよく通っていました。もともと高血圧で、5年前から頭痛・手足のしびれ感が出始めました。
3年前から、ガスの消し忘れが多くなり、パジャマ姿で道路を歩いたり、ふろに入らなかったり、惣菜の万引きを起こしたりして警察の厄介になることもありました。病院の診断はアルツハイマー型認知症と診断されました。

介護付き有料老人ホームでの生活が心配

会社に行ってくると外出しようとし、失禁や徘徊が多くなり、妻が音を上げたので、車で30分の介護付き有料老人ホームに入居させることにしました。
入居して1か月後に面会に行くと、とてもうれしそうな笑顔でした。カラオケが好きと伝えているので音楽療法をしているようです。半年後、ベッドから転落し、大腿部を骨折し、車いす生活の要介護4になりました。目がうつろで手の甲にはひっかき傷があり、とても心配です。

ケアマネージャーからのアドバイス

アルツハイマー型認知症は人格が変わったような身勝手な行為や態度をとるため、介護者には問題行動と映ります。尿意が分からないため、ベッドで失禁することもあります。
手の甲の傷も自傷行為か、施設側に説明を求め、医療的措置を含め改善の方針を確認するようにします。問題行動を予防するケアプランが求められます。

ケアプラン事例12

夫を亡くしたあと意欲がなくなり認知症を発症

母は若い頃から働き者で、農繁期になると早朝から深夜まで働いていました。78歳で父が脳梗塞で倒れ、2年間介護をしました。父が亡くなって1年後くらいから妙なことを言うようになり、近所や山の中の徘徊が始まりました。人が変わったように意欲がなくなり、言葉が出ずにイライラした時は急に人を怒鳴ることもあり、脳血管性認知症と診断されました。

奇声などにより在宅が困難になり特養へ入所

要介護度2の認定を受けました。私たち夫婦も昼間は勤務しているため、母を一人にできず、デイサービスやショートステイを利用してきました。しかし、夜間に起き出し、漏らした便で汚れた下着を押し入れに隠すような行動が続いて、とても在宅では無理と判断し入所しました。
もともとショートステイが特養の併設だったので、なじみの職員が多く、入所後も混乱なく過ごせています。帰宅願望があるときはその度に声かけをしてもらっているようです。トイレの誘導も頻繁で失禁もなくなりました。「母と温泉に行きたい」という子供たちの希望を目標に歩行訓練をがんばっているようです。

ケアマネージャーからのアドバイス

ショートステイの延長で入所できたのは、職員とのなじみの関係がつくれているので理想的です。この施設ではかなりていねいなケアが提供できています。排泄や徘徊も24時間スケールで、本人の基本的な生活リズムを把握しているでしょう。この調子で失禁や不穏な行動が少なくなれば外泊も可能になるので、施設での認知症ケアのやり方や注意点などを教えてもらっておくとよいでしょう。

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